Valencia(バレンシア)

前回の記事:パルマ・デ・マヨルカ(Palma de Mallorca)

前前回の記事:コスタ・パシフィカでの旅 その2

クルーズターミナルから市内までの移動

(バレンシアクルーズターミナル)

シャトルバス

コスタが運行するシャトルバスが、クルーズ・ターミナル(Trasmed-Grimaldi Valencia)から旧市街(Torres de Serranos / Carrer del Guadalaviar)まで運行していました。料金は15Euro(一日何回でも利用可能。2026年現在)で、30分間隔で運行しています。チケットは船内で予約出来ます。当日バスの目の前で購入することもできるようでした。旧市街まで車で10-15分程度で、タクシーだと片道約17-20Euroです。

公共交通機関

バレンシア市はEMT Valenciaが運行する地下鉄・バス・路面電車が走っています。24時間チケットは15,30 €(2026年時点)です。下記のEMTのホームページから購入することもできます。ちなみに一回券は2,00 €(2026年時点)です。

(EMTのバス停)

バレンシアの公共交通(EMT Velencia)のホームページ

Catedral de València (サンタ・マリア大聖堂)

サンタ・マリア大聖堂のホームページ

成立の経緯

この場所自体は、古代ローマの神殿、西ゴート王国の教会、そしてイスラム支配時代のモスクと歴史的に変遷を遂げてきました。1238年にハラゴン王ハイメ1世によるレコンキスタ(国土回復運動)が完了すると、モスクを改修する形で本格的な大聖堂の建設が開始されました。モスクがあった敷地の形状を活かして建てられたため、建築の軸線が完全な東向きではなく南東を向いている点も歴史的特徴の一つです。

建築スタイルの混在

また13世紀から18世紀にかけて長期間にわたり改築や増築が繰り返されたため、基本構造はバレンシア・ゴシック様式でありながら、多様な建築様式が組み合わさった非常に珍しい外観を持ちます。その代表例が外観を彩る3つの主要な門です。

  • 宮殿の門(Puerta del Palau): 最も古い13世紀のロマネスク様式。
  • 使徒の門(Puerta de los Apóstoles): 14世紀のゴシック様式で、十二使徒の彫刻が施されている。
  • 鉄の門(Puerta de los Hierros): 18世紀に造られた華やかなバロック様式の正面門。

また、大聖堂に隣接して立つ八角形の鐘楼「ミゲレテの塔(El Miguelete)」(14〜15世紀建設)は、街を一望できるゴシック様式のランドマークとして知られています。

内部の装飾と貴重な遺産

聖堂内部にはバロック様式や新古典主義の装飾が施された礼拝堂が並び、ルネサンス期の色彩豊かなフレスコ画(主祭壇)や、フランシスコ・デ・ゴヤの絵画作品なども収蔵されています。

(ゴヤの作品)

最大の特徴は、「聖杯の礼拝堂(Capilla del Santo Cáliz)」に保管されているメノウ製のカップ(サント・カリス)です。紀元前1世紀〜紀元1世紀頃に制作されたとされるこの杯は、イエス・キリストが「最後の晩餐」で使用した本物の聖杯であると伝えられています。この言い伝えは、ヴァティカンによっても正式に承認されており、ローマ教皇も巡礼に訪れる宗教的至宝となっています。

(キリストの聖杯:筆者撮影)

Reial Basílica de la Mare de Déu dels Desemparats (見捨てられた人々の聖母バジリカ)

「聖母広場(Plaza de la Virgen)」に位置するカトリック教会の聖堂です。バレンシアの守護聖人である「見捨てられた人々の聖母(Mare de Déu dels Desemparats)」を祀っています。

成立の経緯と歴史的背景

1409年、修道士フアン・ヒルベール(Juan Gilabert Jofré)の提唱により、精神障害者や孤児、身寄りのない貧困層を保護するための施設(世界初とされる精神病院兼養護施設)が建設されました。その施設に付随する慈善団体「見捨てられた人々の聖母兄弟会」の守護像として1414年頃に制作されたのが、現在教会内に安置されている聖母像の起源です。

当初、この聖母像は隣接するバレンシア大聖堂(Catedral de València)の小礼拝堂に安置されていました。しかし、奇跡を呼ぶ聖母として民衆の信仰を集めるにつれ参拝客が激増し、単独の聖堂を建立する必要が生じました。1652年、建築家ディエゴ・マルティネス・ポンセ(Diego Martínez Ponce)の設計により建設が開始され、1667年に完成しました。

また、本聖堂が建つ土地は、古代ローマ時代のフォーラム(広場)やアスクレピオス神殿の跡地でもあり、外壁の石造部分には古代ローマ時代の碑文が刻まれた石材がそのまま再利用されています。

(教会の礎石部分。ローマ時代の碑文が読みとれます)

建築スタイルの特徴

この教会は、バレンシアにおける最初の本格的なバロック建築として建築史的にも極めて重要です。その特徴を挙げると以下のようになります。

  • 楕円形の平面構造(Plan de Planta Ovalada):外観は長方形に近いシンプルな形をしていますが、内部空間は反宗教改革期のイタリア・バロック様式に特徴的な楕円形の構造を採っています。楕円形の中央に座る参拝客の視線を自然と後陣の主祭壇(聖母像)へと集める効果を持っています。
  • 偏心したドーム (Cúpula Desplazada):バジリカの青いタイル装飾が施された美しいドームは、建物の中心軸から意図的にずらして配置されています。これは、隣接するバレンシア大聖堂との位置関係や、聖母像を祀る「カマリン(Camarín:後陣の高所に設けられた特別礼拝室)」との視線を最適化するための高度な設計上の工夫と言われています。
  • 大聖堂との架け橋(Arc de la Basílica):バジリカは新古典主義様式のアーチ状のルネサンス風回廊(架け橋)を通じてバレンシア大聖堂と直接つながっています。これにより、大聖堂とバジリカがひとつの大きな聖域空間を形成しています。
(楕円型のドーム。典型的なバロック様式です)
(偏心したドーム。ドームが建物の中心軸からずれて配置されているのが明確にわかります)
(大聖堂とバジリカを繋ぐ橋)

内部装飾と美術的価値

外観の落ち着いた静けさとは対照的に、内部に一歩足を踏み入れると華やかで荘厳なバロック・ロココ・新古典主義が融合した空間が広がっています。

  • アントニオ・パロミーノによる天井フレスコ画:内部の最大のハイライトは、1701年から1702年にかけて宮廷画家アントニオ・パロミーノ(Antonio Palomino)によって描かれたドーム巨大天井フレスコ画です。「聖母マリアの栄光と見捨てられた人々への庇護」をテーマにしており、だまし絵(トロンプロイユ)の技法を駆使して天界の遠近感が圧倒的なスケールで表現されています。雲の上で聖母を包み込む天の軍勢や天使たち、地上で救いを求める貧者や病者たちの姿が躍動感あふれる色彩で描かれています。
  • 主祭壇と聖母像のカマリン(Camarín):主祭壇には、ガラス越しに「見捨てられた人々の聖母像」が安置されています。この空間は「カマリン」と呼ばれ、18世紀から19世紀にかけて大理石や金箔、豪華な装飾で補完されました。聖母像自体にも独自の特徴があります。頭部がややうつむき加減(前に傾いている)になっているため、民衆からは親しみを込めて「ヘプルデータ(La Geperudeta = 背中の曲がった貴婦人)」の愛称で呼ばれています。この傾きは、元々この像が横たえられた処刑囚や故人の胸元に置くために作られたことに由来すると言われています。

毎年5月の第2日曜日(聖母の祝日)に「トラスラド(El Traslado)」と呼ばれる行事が開催され、この聖像がバジリカから隣接する大聖堂に搬出されます。YouTubeの映像はその様子です。

Museu Nacional de Ceràmica i de les Arts Sumptuàries González Martí (ゴンサーレス・マルティ国立陶器・装飾芸術博物館)

ゴンサレス・マルティ国立陶芸・装飾芸術美術館は、バレンシアの歴史的中心地に位置する国立美術館です。「ドス・アグアス侯爵邸(Palacio del Marqués de Dos Aguas)」という屈指の貴族館をそのまま館内施設として利用しており、スペイン国内でも屈指の美しさを誇るロココ・バロック様式の外観と、数千点にも及ぶ陶芸コレクションで知られています。

ゴンサーレス・マルティ国立陶器・装飾芸術博物館のホームページへ

(国立陶器・装飾芸術博物館)

成立の経緯と歴史的背景

本美術館の成立は、バレンシア出身の美術史家・学者・コレクターであったマヌエル・ゴンサレス・マルティ(Manuel González Martí, 1877–1972)の熱意に深く結びついています。

  • コレクションの寄贈(1947年): ゴンサレス・マルティ夫妻は、生涯をかけて収集した6,000点を超える膨大な陶芸コレクションを国家に寄贈しました。これを受けて1947年に「国立陶芸美術館」が創設されました。
  • 館の取得と開館(1949〜1954年): 当初は創設者の自宅で展示されていましたが、1949年に国家が「ドス・アグアス侯爵邸」を買収し、大規模な修復を経て1954年に美術館として正式開館しました。
  • 「装飾芸術」への拡張(1969年): その後、陶芸だけでなく家具、衣装、絵画、馬車などの貴族の生活調度品(豪華芸術・装飾芸術)へとコレクションが大きく広がったため、1969年に現在の「国立陶芸・装飾芸術美術館」へと改称されました。

内部の装飾と貴族の暮らし(1階・2階)

館内は大きく「18世紀〜19世紀の侯爵邸の豪華な貴族空間(貴賓階)」と「陶芸・装飾品コレクション展示階」に分かれています。

馬車の中庭と豪奢な馬車(中庭階)

見学ルートの始まりには馬車が保管された中庭があり、イポリート・ロビラとイグナシオ・ベルガラによって1753年に制作されたバロック様式の傑作「ニンフの馬車(Carroza de las Ninfas)」や、帝政様式の馬車、金彩が施された18世紀の駕籠(輿)などが展示されています。

(ニンフの馬車)

貴賓階(Planta Noble / 2階)の豪華絢爛な客間群

かつて侯爵ファミリーが生活・社交を行っていたフロアで、当時のロココ・新古典主義・オリエンタリズムを取り入れた絢爛豪華な部屋がそのまま保存されています。

  • 舞踏の間(Salón de Baile): 金箔装飾、シャンデリア、大きな鏡、天井画で覆われた豪華な部屋。
  • 中国の間(Salón Chino): 19世紀ヨーロッパ貴族の間で流行したシノワズリ(中国趣味)の漆塗り家具や装飾が施された客間。
  • 赤の間(Salón Rojo): 赤いシルクの壁紙や上質な家具で彩られたフォーマルな応接室。スタイルとしてはネオ・バロック様式やネオ・ロココ様式といえます。
  • 大理石象嵌の床: 各部屋の床面には、侯爵家のイニシャル(「MD」=Marqués de Dos Aguas)などをあしらった美しい多色大理石の象嵌細工が施されています。
(舞踏の間:筆者撮影)
(赤の間:筆者撮影)
(侯爵家のイニシャル(MDがあしらわれた床:筆者撮影)

スペイン最高峰のセラミック・コレクション(3階)

最上階に展開する陶芸コレクションは、古代世界から現代アートに至るまで、スペインおよびバレンシアの陶芸史を網羅する世界最高峰の展示内容です。

  • イスラム・ムデハル様式の陶器: 中世にバレンシア近郊のパテルナ(Paterna)やマニセス(Manises)で焼かれた、青と緑の幾何学模様や金彩(ラスター彩)が美しい陶器群。これらは当時全欧の王侯貴族に輸出された高級品でした。
  • 再現された18・19世紀のバレンシア風キッチン: 壁面から調理場に至るまで、当時のマヨルカ焼きタイル(アズレージョ)で装飾された伝統的なバレンシアの台所空間が丸ごと再現されています。
  • パブロ・ピカソの作品: 20世紀の現代陶芸コーナーには、パブロ・ピカソが当美術館に寄贈した自作の貴重な陶芸作品も展示されています。

Parròquia de Sant Nicolau de Bari i Sant Pere Màrtir de València (サン・ニコラウス教会)

バレンシアの旧市街(シウタット・ベリャ地区)にひっそりと佇む歴史的な聖堂です。外観の慎ましいたたずまいからは想像もつかないほど、内部には豪華絢爛なバロック様式のフレスコ画が一面に広がっており、現在では「バレンシアのシスティーナ礼拝堂(La Capilla Sixtina Valenciana)」の異名をとる芸術的・宗教的最高峰の聖域として世界的な注目を集めています。

サン・ニコラウス教会のホームページ(スペイン語のみ)

入場料:16ユーロ(オンライン購入の場合:2026年時点)。ホームページから事前に購入することも可能です。また来訪者用の入り口は、Carrer dels Cavallers 33です。入り口は、教会から少し離れており、また教会が全く見えない場所(建物の間の極めて細い路地)にあります。ただし多くの人が並んでいるので、すぐに気がつくと思います。

(入り口の前の行列)

成立の経緯と歴史的背景

本聖堂の歴史は、1238年にハラゴン王ハイメ1世がイスラム勢力からバレンシアを奪還(レコンキスタ)した直後に遡ります。王は市内に12のキリスト教教区(パリッシュ)を設けましたが、サン・ニコラス教会はその最初期に設立された最古の教区聖堂の一つです。設立時、この土地は古代ローマ時代の神殿跡やイスラム支配時代のモスクが存在した場所であり、それをキリスト教の聖堂へと改修・増築することで教会が成立しました。

当初は航海者や子供たちの守護聖人である聖ニコラウス(San Nicolás de Bari)に捧げられた教会でした。その後、1242年にドミニコ会の聖人である聖ピエトロ(殉教者)(San Pedro Mártir)を記念し、二人の聖人を併せて祀る教会へと発展しました。

建築スタイルの混在と特徴

サン・ニコラス教会の建築的特徴は、「中世ゴシックの骨格に、近世バロックの装飾を覆いかぶせた重層構造」にあります。

  • ゴシック様式の骨格(15世紀):13世紀の原初構造を経て、15世紀半ば(1455年〜1457年頃)に本格的なゴシック様式への改築が行われました。単一の身廊の両脇に側礼拝堂が立ち並ぶ構造が採用され、天井にはゴシック・ヴォールトが架けられました。
  • バロック様式への劇的変貌(17世紀末):17世紀末(1690年〜1693年)、建築家フアン・バウティスタ・ペレス・カスティエル(Juan Bautista Pérez Castiel)の主導により、豪華な装飾バロック様式への改修工事が行われました。ゴシックのリブ(肋材)や壁面を化粧漆喰や曲面で覆うことで、教会は現在見られるような、光と影が交錯するバロック独特の重厚かつ動的な空間へと生まれ変わりました。
  • 外観とポータル(外門):教会は旧市街の密集した路地に囲まれているため、全貌を見渡すことはできません。しかしながらファサード(建物正面)や入口には複数の時代様式が混在しているのが見てとれます。カバジェロス通り(Carrer dels Cavallers)側の入口は19世紀の新ゴシック様式(ネオ・ゴシック)で建造されており、時代ごとの改修の痕跡を色濃く残しています。

内部装飾:天蓋フレスコ画

サン・ニコラス教会の最大の圧巻は、天井および壁面全体を覆い尽くす約1,900平方メートルに及ぶ巨大なフレスコ画群です。だまし絵(トロンプロイユ)技法や建築的遠近法が巧みに用いられており、立ち上がった列柱や虚構のバルコニーの向こうに、天使たちが舞う天井無き「天界」が無限に広がっているかのような視覚効果を生み出しています。

また20世紀以降、排気ガスや湿気、蝋燭の煙などによってフレスコ画は黒ずみ、剥落の危機に晒されていました。しかし、2014年から2016年にかけて、文化財保護団体「イベドロラ財団」やバレンシアポリテクニカ大学(UPV)の修復チームによる修復プロジェクトが遂行されました。

最新の修復技術(レーザー照射や特殊バイオ洗浄など)を用いて長年の汚れが取り除かれた結果、17世紀当時の鮮やかな色彩(ウルトラマリンの青や金彩)と立体感が完全に蘇りました。この修復の出来栄えと美しさがイタリアの美術史家らから絶賛され、「バレンシアのシスティーナ礼拝堂」と称される一大観光・文化スポットとして世界的に知られるようになりました。

(聖堂内のフレスコ画)
  • アントニオ・パロミーノのデザインとディオン・ビダルの描画:この壮大なフレスコ画は、スペイン・バロック画壇の巨匠であり宮廷画家でもあったアントニオ・パロミーノ(Antonio Palomino)が全体構想・デザインを手掛けました。そして実際に筆を執って描いたのが、彼の優秀な弟子であった地元バレンシア出身の画家ディオン・ビダル(Dionís Vidal)です。1697年から1700年にかけて制作されました。
  • 描かれたテーマと表現手法:天井ヴォールトは左右で二分されており、二人の守護聖人の生涯と奇跡のストーリーが対照的に描かれています。
  • 聖ニコラウス(南側): 貧しい娘たちへの持参金(金貨)の授与や、航海中の船員を救う場面などが描かれています。
  • 聖ピエトロ(北側): 異教徒との論争や、殉教の瞬間の光景などが描かれています。

サン・ニコラウス教会内を紹介したYouTube

※こちらの動画では、「バレンシアのシスティーナ礼拝堂」と称されるサン・ニコラス教会の壮麗な天井フレスコ画や内部の雰囲気を映像で確認することができます。

Mercat Central de Valencia(バレンシア中央市場)

(バレンシア中央市場の外観)

「バレンシア中央市場(Mercat Central de València)」は、バレンシアの歴史的中心地に位置する、ヨーロッパ最大級の規模と歴史を誇る現役の食料品市場です。この場所では中世の14世紀頃から屋外の青空市場が開かれていました。しかし、19世紀末になると衛生面や規模の限界が問題視され、恒久的な屋内市場の建設が計画されます。1910年に建築家フランシスク・グアルディア・イ・ビアルとエンリック・カタラ・イ・ソラ(いずれもバルセロナの建築学校出身)の設計案が採用され、1914年に着工、1928年に完成しました。

次の記事:Olbia(オルビア)

最新情報をチェックしよう!