Olbia (オルビア)

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サルディニア島

サルディニア島は、地中海においてシチリア島に次ぐ第2の大きさを誇るイタリア領の島です。イタリア本土の西、コルシカ島の南に位置しており、自治州としての権限を持っています。

サルディニア島の最大の魅力の一つは、イタリア本土とは大きく異なる独自の歴史と文化にあります。紀元前1800年頃から紀元前238年頃にかけて、この島には「ヌラーゲ文化」と呼ばれる謎多き先史文明が栄えました。島内には「ヌラーゲ」と呼ばれる円筒形の石造要塞や巨石構造物が7,000以上も残されており、その代表格である「ス・ヌラージ・ディ・バルーミニ」はユネスコの世界文化遺産にも登録されています。

島の中央部にはゴツゴツとした岩山や山脈(ジェンナルジェントゥ山脈など)が連なり、羊の放牧が古くから盛んであり、人間の数よりも羊の数の方が多いと言われるほど、のどかな田園風景が広がっています。他方で沿岸部には「エメラルド海岸(コスタ・スメラルダ)」をはじめとする透明度の極めて高いクリスタルブルーの海と白い砂浜が広がっています。また、健康的な食生活とコミュニティの繋がりから、世界的に有名な「ブルーゾーン(長寿地域)」の一つとしても知られています。

オルビア(Olbia)

オルビアは、サルディニア島北東部のサッサリ県に位置する都市です。古代から地中海貿易の重要拠点として発展し、現在では島内有数の人口を抱える経済・交通の中心地となっています。

港湾都市としての歴史

「オルビア」という名称は、古代ギリシャ語で「幸福な街」を意味する言葉に由来すると言われています。紀元前8世紀頃にフェニキア人によって街が作られたとされ、その後カルタゴ、そして古代ローマの支配下に入りました。

ローマ時代には、イタリア本土とサルディニア島を結ぶ主要な港として海軍や商業の拠点となり、大いに繁栄しました。中世には「テッラノーヴァ(新しい地)」などと呼ばれ、ガッルーラ地方の中心都市として機能しました。第二次世界大戦後に都市整備が進み、古代の名である「オルビア」を取り戻して現在に至ります。

エメラルド海岸への玄関口とアクセス

現代のオルビアを語る上で欠かせないのが、世界中のセレブリティを引き寄せる超高級リゾート地「コスタ・スメラルダ(エメラルド海岸)」との関係です。1960年代、イスラム教イスマイール派の指導者オリヴィエ・カーン(アガ・カーン4世)ら投資家グループによって北東部の海岸線が極上リゾートとして開発された際、そのアクセス拠点となったのがオルビアでした。

  • オルビア・コスタ・スメラルダ空港: ヨーロッパ主要都市からの直行便やプライベートジェットが数多く飛来する、島の北部の空の玄関口です。
  • オルビア港: イタリア本土(チヴィタヴェッキア、ジェノヴァ、リヴォルノなど)からのフェリーが頻繁に発着する、海上交通の要所です。

港から市内までの移動

今回はコスタが主催するオプショナルツアーに参加しました。コスタが主催するツアーは移動のバスが船の真ん前につけられるので,何も考えずにそれに乗り込めば目的地までつれていかれます。内容はなぜかどの寄港地でも結構人気な、単にビーチに行って戻ってくるというやつです。夏の炎天下での直射日光は、なるべく避けたいという恐らく多くの日本人に共通する感覚からすれば、理解に苦しむのですが、クルーズ船ではなぜか人気です。さらに航行中は船の回りは全て海ですし、さらに船内にもプールがあります。上陸してもさらに海に向かうのはなぜでしょう?それを確認するために、今回はこうした体験を自らしてみることにしました。

(クルーズ船の前に付けられたオプショナルツアーのバス:筆者撮影)

Bados

今回は滞在の目的は、ヨーロッパの人が休暇でよくやっている「何もせずにビーチで一日中ただ寝そべる」という体験をしてみることでした。色々観光地を見て歩くというのではなく、単にビーチで寝そべり、忘れた頃にちょっと海に入る。それ以上はやらない、という感じです。Pittulonguというクルーズターミナルから一番近いビーチに行くつもりでしたが、クルーズ船のドイツ人ガイドさんからBadosの方が絶対良いとすすめられ、そちらに変更しました。

(バドスのビーチ。結構遠浅です:撮影筆者)

到着してみると、イメージ通りの絵に描いたような、ビーチが広がっていました。またイメージ通り、ビーチ・パラソルとデッキチェアが100個近くならんでいるのですが、何と全て予約済みとのこと。ガイドさんに相談すると、若いお兄さんが突進してきて、速攻で砂浜に新しいビーチ・パラソルとデッキチェアを設営してくれました。一式一日20ユーロなりでした。同行してくれたガイドのお姉さんたちも、私たちのすぐ隣でビーチ・パラソルとデッキチェアを借りて、寝そべり始めました。日本の添乗員としてはあり得ない感じですが、少なくともこれで我々が置きざりにされる可能性はなくなったので一安心です。

「Civitavecchia/Rom (チヴィタヴェッキアとローマ)」に続く

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>フェルドハイムにおける再生可能エネルギー事業

フェルドハイムにおける再生可能エネルギー事業

ドイツ連邦共和国ブランデンブルク州にある集落フェルドハイムでは,現在(2024年)陸上風力発電,太陽光発電,バイオガス発電,村内全域への温水供給システム,蓄電施設が稼働しており,さらに水素の生産・貯蔵設備の建設が進められている.フェルドハイムは人口130人,世帯数30余りの集落にもかかわらず,それゆえにドイツ国内のみならず,全世界から視察が殺到する地域となっている.その様相は,外部の観察者の目線からすれば,まるで再生可能エネルギーに関する常設の一大ショールームのようである.

しかしながらよく注意して観察すると,それぞれの事業は,特定の企業の主導によって,地域社会と分離した形で運営されているのではなく,フェルドハイムの地域社会ないし市民社会と企業とが,有機的かつ不可分の形で協働する形で機能していることに気付かされる.

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