聖カタリーナ教会(Hauptkirche Sankt Katharinen)

聖カタリナ教会は、ハンブルクの5つの主要教会の一つです。13世紀に建てられたその塔は、現在もその機能を果たしているハンブルク最古の現存建造物とされています。教会はシュパイヒャーシュタットの向かい側、バイ・デン・ミューレン(Bei den Mühren)通りに位置し、港に近いことから船乗りの教会として知られています。

聖カタリーナ教会

聖カタリーナ教会の名が最初に記録に登場するのは1256年です。身廊は1450年頃に完成したと言われています。構造的には、身廊と2つの側廊を備えたゴシック様式の擬似バシリカで、祭壇の後ろに回廊を備えています。身廊の高さは29メートルあります。

エルベ川沿いの湿地帯という地盤の悪さのため、度重なる地盤沈下が発生し、壁錨と呼ばれる部材によってこれを支える必要がありました。その一つには1660年の年号が刻まれています。1648年の洪水の際に塔は破壊され、1657年にバロック様式で再建されました。塔の頂部には、聖カタリーナの冠が飾られていますが、これは中世の海賊クラウス・シュテルテベッカーの黄金の財宝から作られたと言われていますが、その真偽は定かではありません。

1943年7月末の空襲(いわゆる『ゴモラ作戦』)により、聖カタリーナ教会はほぼ全壊しました。実質的に外壁と塔の胴部しか残っていませんでしたが、1950年から1956年にかけて建築家のベルンハルト・ホップ(Bernhard Hopp)とルドルフ・イェーガー(Rudolf Jäger)によって教会は再建されました。その後2007年から2012年にかけて大規模な改修が行われました。バロック様式の入り口は、かつてのハンブルクの商人の家屋から移築されたものです。

バロック様式の入り口

前述のように聖カタリーナ教会は、第二次世界大戦により、ほぼ全壊したため、内装のほとんどは戦後新たに制作されたものです。

オルガン

教会の内部には、二台のオルガンが設置されています。メインのオルガンは、2013年製のフレントロップ社製ですが、このメインオルガンに関する最古の記録は1400年頃に遡ります。

1433年に、オルガン建設のための資金調達が行われたことが記録されています。その後、16世紀,17世紀に何度か改修が行われました。ヨハン・セバスティアン・バッハは1720年、市の要人たちの前でこのオルガンを演奏していますが、彼はその音色を非常に高く評価しています。彼のト短調のフーガ(BWV 542/2)は、おそらくこの時の即興演奏に由来するものと言われています。

メインオルガン

もう一台のオルガンは、聖歌隊による礼拝における伴奏用として1984年に製作されました。このオルガンは,アルファベットのKの文字をモチーフとしていますが、それは教会(Kirche)、そして製作者であるオットー・クラーン(Otto Krahn)の名前を象徴しています。

聖歌隊用のオルガン

教会の鐘楼には、5つの青銅製の鐘が収められています。最古のものである1626年に鋳造された大鐘は、ハンス・ヌーセル(Hans Nuessel)が製作した現存する最大の鐘です。通常、この鐘は聖金曜日のみ、あるいは葬儀の際に鳴らされます。残りの4つの小さな鐘は、1957年にハイデルベルクのフリードリヒ・ヴィルヘルム・シリング( Friedrich Wilhelm Schilling)によって鋳造されました。

煉瓦を露出した状態で建材として使用したゴシック様式の建築を煉瓦ゴシックと呼びます。この様式は、切り出して建材に使うことができるような石材を産出しなかった、主に北ドイツ、バルト海沿岸地域、およびオランダに広く見られます。

中世におけるレンガの建築材料としての使用は、12世紀にアルプス以北で始まるので、この地域の最古の建築物は、いわゆる煉瓦ロマネスク様式に分類されます。16世紀になると、煉瓦ゴシック様式はは煉瓦ルネサンスへと移行することになります。

聖カタリーナ教会もこの煉瓦ゴシック様式の典型的な例と言えます。

ゴシック建築の特徴である飛梁

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