里山の多面的な機能:自然と人間が共生する持続可能なシステム
里山とは、古くから人々の生活圏の近くに存在し、薪炭材の採取、山菜・きのこの利用、草地の維持管理など、人間活動を通じて維持・管理されてきた森林、農地、ため池、水路などが一体となった複合的な生態系を指します。その機能は非常に多岐にわたり、単なる資源供給源にとどまらず、環境保全、文化伝承、教育・福祉といった、現代社会において見直されつつある多面的な価値を持っています。以下に、里山の持つ主要な機能を列挙し、それぞれについて詳しく解説します。
資源供給機能(生産機能)
里山が持つ最も基本的な機能は、人々の生活に必要な資源を持続的に提供してきた点です。
薪炭材・木材の供給:
クヌギ、コナラなどの落葉広葉樹林(雑木林)は、かつては主要な燃料源(薪、木炭)でした。定期的な伐採(萌芽更新)を行うことで、森林を枯渇させることなく、持続的に資源を生産していました。
建材や道具材となる木材(竹を含む)も供給されました。
食料・生活資源の供給:
山菜(タラノメ、ワラビなど)、キノコ類、クリやカキなどの木の実といった非木材林産物の重要な採取場所です。
草地からは、田畑の肥料となる草木灰や堆肥、家畜の飼料、茅葺屋根の材料などが採取されました。
水田や畑地が組み込まれており、米や野菜といった農産物を生産します。
環境保全機能(生態系サービス)
里山は、自然の摂理に基づいた循環型の管理がなされてきたため、地球規模から地域規模に至るまで、極めて重要な環境保全機能を果たしています。
(1) 生物多様性の保全
里山は、高山や原生林とは異なる、独特の生態系を育んでいます。
多様な環境の提供: 雑木林、水田、ため池、草地、小川といった多様な環境がモザイク状に存在することで、それぞれの環境に適応した生物種が共存しています。
固有種の生息地: 定期的な人の手入れ(草刈り、伐採、水路の清掃など)によって、裸地や明るい林床が維持され、これらを好む里山特有の動植物(例えば、ギフチョウ、メダカ、カタクリ、絶滅危惧種の多く)の生息・生育地となっています。人為的なかく乱(手入れ)が環境の多様性を高めています。
生態系ネットワークの維持: 都市と奥山(原生的な自然)をつなぐ「緑の回廊」として機能し、地域全体の生物の移動や遺伝子交流を支える上で欠かせません。
さらにこの視点は、近年話題となっている熊による被害と密接に関連していると議論されています。学術的な検証は進行中というのが実情ですが、熊の住宅地への出現は里山が緩衝帯(バッファゾーン)として持っていた機能が低下したことを原因とするというものです。里山は本来、集落(人里)と奥山(クマの主要生息地)の間に位置する、人間の活動が適度に入った緩衝地帯(バッファゾーン)として機能していました。地域の過疎化と高齢化等により、管理が放棄された結果、里山の多くは密な藪(ヤブ)や放置された森林へと変化してしまいました。その結果、奥山(クマの主要生息地)と人里が直接接することになります。熊は人間に気づかれず(熊からすれば人間の気配を感じないで)人里まで接近し,場合によって人里に出没(迷い込む)ことになります。
(2) 治水・水資源涵養機能水源涵養(貯水機能)
森林の土壌はスポンジのように雨水を吸収し、時間をかけてゆっくりと川や地下水に供給します。これにより、渇水を防ぎ、安定した水供給を可能にします。洪水緩和(保水機能): 雨が降った際に、一気に水が流れ出すのを防ぎ、河川の急激な増水を抑制し、下流域の洪水被害を軽減します。水質浄化: 森林の土壌や水田、ため池に生息する微生物、植物などが、水に含まれる有機物や汚染物質を分解・吸着し、自然のフィルターとして水をきれいにします。
(3) 土壌保全・防災機能
土砂流出防止: 森林の根が土壌をしっかりと固定し、豪雨時や地震時の土砂崩れや地滑りを防ぎます。風食・飛砂防止: 樹木が防風林として機能し、農地の土壌が風で飛ばされるのを防ぎます。二酸化炭素(CO2)の吸収・固定: 樹木の光合成により、大気中のCO2を吸収し、幹や枝、土壌中に炭素として固定(貯蔵)します。これは地球温暖化の緩和に貢献する重要な機能です。
文化・教育・福祉機能
里山は、物質的な機能だけでなく、人々の精神生活や社会的な営みにも深く関わってきました。
(1) 伝統文化の継承・維持
生活の知恵の伝承: 里山を管理し、利用するための伝統的な技術(雑木林の伐採技術、茅葺屋根の修理、水路の維持管理、山菜採取の知識など)が、世代を超えて受け継がれる場となります。
郷土景観の形成: 人の手入れによって形成された水田、ため池、雑木林の織りなす景観は、日本の原風景として人々の心に安らぎを与え、地域固有の文化的な価値を形成しています。
(2) 教育・学習の場
環境教育・自然体験: 実際に自然に触れ、生き物の営みや、人間と自然の関わりを学ぶための生きた教材を提供します。
食育の推進: 食べ物がどこから来るのか、どのように育つのかを学び、食への感謝の気持ちを育む場となります。
社会性の育成: 里山の共同管理や農作業を通じて、協力すること、労を分かち合うことといった社会性を育む機会を提供します。
(3) 保健・レクリエーション機能
憩いと癒やしの空間: 森林浴や散策を通じて、都市生活で疲弊した人々の心身をリフレッシュし、ストレスを軽減する効果(森林セラピー)が科学的にも注目されています。健康増進の場: 散策路やハイキングコースとして利用され、体力向上や健康維持に貢献します。
現代における里山の重要性の再認識
かつて燃料革命や化学肥料の普及によって一時的にその利用が衰退した里山ですが、現代社会においては、その多面的な価値が改めて認識されています。
持続可能性への貢献:CO2吸収、生物多様性保全、クリーンな水資源供給など、持続可能な社会の基盤となる生態系サービスを無償で提供しています。
地域コミュニティの再構築: 荒廃した里山を再生・維持管理する活動は、都市住民と地域住民との交流を促進し、新たなコミュニティ形成のきっかけとなっています。
国土の強靭化: 適切な管理がなされた里山は、防災・減災の観点からも重要な役割を果たします。里山の機能は、これら一つ一つが独立しているのではなく、資源利用→環境維持→文化形成という形で互いに密接に絡み合い、全体として持続可能な人間社会のシステムを形成している点にその本質的な価値があると言えます。