バイオエネルギー村ユーンデ 生活環境再編に向けた討議民主主義の可能性

はじめに

マイケル・エドワーズは,人間が何らかの集団的な活動を組織的に行う時,その組織原理は,理念型的に言うならば以下の3つに分類されると述べている.

1.主として条例・法律といった国家や行政の強制力を通して行動が組織化されるケースである.

2.市場における個人の「経済合理的」な諸決定が,それぞれの個人の意図とは無関係に結果的にある特定の組織的行動が引き起こされるケースである.

3.他者との連帯という価値観を根底に据えながら,自発的行為,討議,合意の中に埋め込まれた社会の仕組みが組織的行動を引き起こすケースである[1]

この明確にコーエン・アラートやハーバーマスの社会秩序観(市民社会観)を念頭に置くこうした議論においては,「連帯」の論理は,利潤追求や政治権力に並び立つ重要な概念にまで高められている.

またこの連帯の論理に重きを置く社会秩序観は,その主唱者たるギデンズによる「第三の道」[2]というネーミングが端的に示すように,パブリックセクター,プライベートセクター,シビックセクターの全てがパートナーシップを組んで機能することをイメージしている.

他方で,連帯を組織原則するこの市民社会セクターの活動は,その組織原則ゆえに不可避的に分権的に展開する.それゆえにこの領域での活動の全体像の学術的な意味での把握は,他の2領域と比較して立ち遅れてきたという感が否めない.とりわけ我が国では,市民セクターにおける実践活動に比較して,その傾向が顕著である[3]

そこで本論では,ドイツにおける集落レベルでの地域ガバナンスの一例をとりあげながら,新トクヴィル主義的な思想に強い影響力を受ける形で,国家,市場,市民組織の権限や責任,そしてその恊働のあり方に考えていきたい.

プロジェクトの概観

本論では,ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州にあるユーンデ(Jühnde)という集落における「バイオエネルギー村(Bioenergiedorf)」実現に向けた取り組みを事例としてとりあげる[4].ある種の新しいパラダイムに即した生活スタイルを連想させるこの「バイオエネルギー村」という名称は,まさにそうしたイメージを外部にいる者達に想起させることをユーンデ村の住民ないし,このプロジェクトにおいて大きな役割を果たしたドイツ・ゲッティンゲン大学が意図的に狙って採用している.

しかしながら,ここで実現に移されている活動は,構想およびそれを実現可能とする技術という観点から見れば,今日のヨーロッパ諸国の水準からすれば,もはやそれほど斬新なものとは言えない.むしろ理論面および技術面での成熟が,プロジェクト実現の際の不確定要素を減少させ,プロジェクトを推し進める主体である村民の実現に向けたモティベーションを高める効果をもたらした.

ともかく,現時点でのユーンデ村において実現している「バイオエネルギー村」とは以下のようなものである[5].この村を他の村と区別している根本的な点は,村内の大部分の家庭の電力と暖房を村内の資源を利用することによって完全に自給しているという点である.この状況を「バイオ」と呼ぶ理由は,その電気と暖房,つまり熱エネルギーの生産の仕方にある.大別して3つのコンポーネントからなるシステムによってエネルギーが生産されるのであるが,順次説明していきたい.

その第1は,バイオマス施設(Biogasanlage)とコジェネ発電機(Blockheizkraftwerk)から構成される.エネルギー作物と呼ばれる植物および畜産農家から出される家畜の排泄物を,村内に建設されたバイオマス施設に運び込み,この施設内で発酵させる.この発酵プロセスにおいてメタンが発生し,これを燃料としてガスタービンエンジンを駆動する[6].このエンジンはコジェネ発電機と呼ばれる発電機に接続されている.コジェネ発電機は,名称の通り発電を行うだけではなく,その過程で発生する余熱を,通常の発電機のように冷却等によって廃棄するのではなく,熱源として回収する.つまりエンジンの出力によって,電気と熱の双方を生産するという意味で「コジェネレーション」なのである.このコジェネ発電機によって生産した電気は,既存の大手電力会社が敷設した送電網に接続され,売電される.この設備による総発電量は,村内の総需要を上回っているため,村は理論上電気を完全に自給していることになる.

他方,発電の際に発生した熱は,コジェネ発電機に併設された温水循環システム(Nahwermenetz)内を循環する水を熱する.約80度にまで温度を高められた水は,村内のほぼ全域の地下を張り巡らされた温水パイプラインを循環し,再びコジェネ発電機に戻ってくる.村内の各家庭は,通常の水道の接続の場合と同様に,庭先まで来ているパイプラインを接続工事を行うことにより家庭内に引き込む.ドイツの一般家庭は,ほぼ例外なくセントラルヒーティングシステムを設置しているので,実際にはこのパイプラインから引き込まれた温水は,家庭内のセントラルヒーティングの温水循環システムに直接接続され,各部屋を暖めることになる.またこの各家庭への接続の際に,同時に熱交換機も設置され,浴室・キッチン等で必要な温水は,この熱交換機を通して飲料水を温めることによって得られる.つまりコジェネ発電機を熱源として,村が1つの巨大なセントラルヒーティングシステムを構築していることになる.

ただし,この暖房に使用される熱に関して言えば,村内の需要,とりわけ冬期の需要をこのコジェネ発電機が生産する熱量のみで賄うことはできない.そこでユーンデでは,第2のシステムが構築されている.この第2のシステムは木質チップ暖房設備(Holzhackschnitzelheizwerk)と呼ばれ,木質チップ,具体的には近隣の森林から発生する間伐材をチップ化したものを燃料として使用する.木質チップ暖房設備は,前述の温水循環システムに接合されており,コジェネ発電機による熱の供給が不足した時に稼働する.この両者のシステムを合わせて,過去の統計から見たとき,理論的には,村内の総需要の95%を賄うことができる.しかしながらこのシステムが稼働し始めた2006年以降,1度も実際には供給不足の事態に陥ったことはないという.他方夏期には,大幅に熱の余剰が発生する.コジェネ発電機自体の稼働率を下げた場合,熱の発生量を減少させることはできるが,発電量も減少するため,そうした措置はとられていない.その代わりに木質チップ乾燥設備が,木質チップ暖房設備に併設され,搬入された木質チップを乾燥させることにより,基本的に冬期に必要となるチップの燃焼効率を高める措置がなされている.

ユーンデ村内のほとんどの各家庭は,この2つのシステムに暖房を依存しているため,何らかの非常事態により,この2つのシステムが機能しなくなった場合,また異常な寒波等により熱の供給が不足した場合,極めて深刻な事態に陥る.こうした事態を未然に防ぐために,第3のシステムが構築されている.第3のシステムは,灯油を燃料とする暖房設備(Spitzenlastkessel)であり,これも温水循環システムに接合されている.その最高出力は上記の2つのシステムを合わせたものよりも大きい1,500Kw(th)である.この第3のシステムは,事故のみならず保守点検等により,上記の2つのシステムを停止する必要が発生した時に,それをバックアップするために備え付けられている.

この3つのシステムから,村内のほぼ全ての住民が電気と暖房用の熱の供給を受けているため,この村はエネルギーの自給を行っていると言える.またバイオ施設を稼働する上で「燃料」となるバイオ作物を栽培する農家も畜産家も村内で経営を営なみ,また木質チップとなる間伐材も村内の森林から供給されているので,エネルギー源の供給という観点からも村は自給体制にあると言うことができる.


[1]. マイケル・エドワーズ 堀内一史訳『「市民社会」とは何か―21世紀のより善い世界を求めて』(麗澤大学出版会 2008)p. 34.

[2]. アンソニー・ギデンズ 佐和隆光訳『第三の道 効率と公正の新たな同盟』 (日本経済新聞社 1999年).

[3]. 山口定『市民社会論 歴史的遺産と新展開』(有斐閣 2004).

[4]. 我が国においてユーンデ村を取り扱った文献は,惣田昱夫(2007),鈴木章文(2005),落合基継(2004),元杉昭男(2004)などがあるが,基本的な情報に誤りが見られる場合も多く,学術的な価値は高くない.鈴木論文が邦語文献としては最も詳細であるが,村の社会構造等の面で誤認が見られる.現時点においてユーンデを扱った学術研究は,S. チェティンカヤ(Cetinkaya)(2011)が唯一である.本研究も彼女の論文に多くを負っている.

[5]. 本論は原則的に2011年9月14日にユーンデ村において行った調査に基づく.現地では,ユーンデ村の広報担当者G. パッフェンホルツ(Paffenholz)氏から説明を受けた.この場を借りてパッフェンホルツ氏に感謝の意を表したい.

[6]. こうしたプロセスにおいて「燃料」として使用可能な物質を一般的にバイオマスと呼ぶ.具体的には以下のようなものがある.1.トウモロコシ,小麦,大麦,ライ麦,ライ小麦,ススキなどのいわゆるエネルギー作物.2.藁,伐採後の端材などの収穫後の残余.3.下肥,製材の際の端材,削りくず・おがくずなどの有機性副生産物.4.屠殺場から出る廃棄物,下水清掃の際に発生するヘドロなどの有機性廃棄物.Cetinkaya, S. 27.

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